いつも市民派ずっと無党派


by tanemaki_azumino

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4月 15日 住民投票を考えるシンポジウム(長野市)

長野市の「建て替え住民投票の会」からお知らせです。

わたしも、ほころび始めた桜のなかをドライブがてら行ってきます。

住民投票を考えるシンポジウム
       「市民が主役のまちづくりを始めよう」


日 時:4月16日(土)1:30~4:00(受付開始1時~)
場 所:女性会館 しなのき ホール(長野市西鶴賀町1481-1)
入場料:無料(資料代として300円)
                     
★佐久市議会議員 小山 仁志さん
 【市民の力が未来を創る】~佐久市の住民投票から~

★長野市議会議員 丸山 香里さん
 【この計画、本当に進めていいですか?】
   ~市民の皆さんに知ってほしいこと、考えてほしいこと~

★人とホスピタリティ研究所 高野 登さん
 【『変える』から『変わる』へ】
   ~地域力再生の原動力を生みだすもの~

★パネルディスカッション 
 【夢のある長野市をみんなで創るために、今】
  パネラー   小山仁志さん、高野登さん 他
    
★受任者になってくださる方への説明会
 小山仁志さん
 プロフィール:佐久市長柳田清二(当時、県議会議員)の秘書として
 9年間勤務ののち、佐久市議会議員となる。平成22年に行われた、【佐久市総合文化会 館建設の賛否を問う住民投票】に深く関わる。35歳

主 催:市役所第一庁舎・長野市民会館の建て替えの是非を問う
    住民投票条例の制定を求める会(建て替え住民投票の会)

▼通称「学校町」のはずれにあるわたしの実家、その庭先に咲いた桜です
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by tanemaki_azumino | 2011-04-15 16:51 | お知らせ
4月 13日 雇い止め裁判の判決を受けて

仕事を効率化し職員数を減らすことで人件費を抑える。
行財政改革の第一歩だみたいに言われていますが、ほんとにそうでしょうか。
安曇野市でも正規雇用800人に対して非正規雇用(非常勤職員)が600人。
正規雇用は毎年確実に減っていますが、かわりに非正規雇用が増えていく。
表向きの「人件費」は削減したことになっていますが、
その陰で非正規雇用の賃金は「物件費」という扱いで増加しています。

物件費扱いの低コスト賃金で働いている非正規600人のほとんどが女性です。
女性であるがために「家計の補助的労働」とみなされ、
「官製ワーキングプア」の問題は存在しないことにされています。
非正規雇用で生計を立てている女性の存在は無視される一方で、
非正規雇用で生計を立てようとする男性などいないという思い込みがまかり通る。
なんという矛盾に満ちた現実であることか・・・


わたしの友人である二人が、この非正規雇用、雇い止めの問題で裁判を起こしました。
1年半ほど前のことですが、やっと先月31日に判決が出たのです。
ところが、それは、じつに驚くべき判決でした。

この判決を受けて、原告の二人がその思いを書いていますので紹介します。
長文ですが、ぜひ読んでください。

判決を受けて(井上昌哉)

 驚きの判決でした。解雇権濫用が認められない可能性は十分にあると覚悟していましたが、まさかその理由が、私たちの従事していた仕事が「家計補助的労働」であるから、とは。しかも京大卒でありながら、わざわざそのような労働に就いた原告らが悪い、という自己責任論まで展開されています。

 和久田裁判官は、私たちが「どのような世界観・人生観の下にこうした就労形態を選択したのか明らかではない」と言います。しかし、私の世界観・人生観はいたってシンプルなものです。それは、「生きていくには眠るための小屋と靴と少しのパンさえあればよい」(映画「ミラノの奇蹟」)というもので、この単純な世界観・人生観に従って、私は京大図書館での仕事を選択しました。そして、この仕事で生計を立ててきました。

 私は自分の仕事にそれなりの誇りをもち、意味のある仕事だと思って、真面目に働いてきました。それを「家計補助的労働」だと蔑み、いつでも首を切られても文句が言えないのだ、と判決ははっきり述べています。これは私自身への否定であるばかりでなく、京大の非常勤職員すべてに対する侮辱であるでしょう。(実際に家計補助であろうがなかろうが)「家計補助的労働」として長い年月、不当な差別を受け続けてきた女性労働者に対する、いわれなき断罪でもあるでしょう。

 「時間数が短いから(そして時給が低いから)家計補助的労働なのであり、家計補助であるから首を切られても生活が崩壊することはない、だから解雇権濫用を適用して労働者を保護する必要はないのだ」というロジックは、およそ論理の体をなしていません。これまで判例が、何のために解雇権濫用法理を非正規にも類推適用させてきたのか、その積み重ねを台無しにする、ひどい判決だったと思います。

 和久田裁判官の物言いは、塩田理事そっくりです。「今の仕事を続けるのは本人にとっても良くない」「新しい道を探したほうがいい」云々。それを法律の言葉に直しただけです。その意味で、和久田さんは「とんでもない反動裁判官」というわけではありません。塩田理事が、そして多くの男性正規職員がそうであるように、心やさしい善意の人です。ただ、自身に染みついている差別意識について無自覚なのです。

 実際、判決では、「有期労働契約という雇用形態は、原則として期間を定めなければならばない理由がある場合にのみ採用されるべき」という、入り口規制の考え方が述べられています(※代理人の塩見弁護士によると、この考えが判決の中に書かれたのは初めてではないかとのこと)。これは私たちの運動に対する、和久田さんなりの回答(レスポンス)であると感じます。

 ただ、善意であるがゆえに、問題はとても根深く感じられるのです。今回の判決に対して、怒りよりも無力感のほうを私が多く感じるのはそのためです。

 「差別」と闘ってきたこの2年間、その差別が判決でこうまで堂々と書かれ、それが雇い止めを正当化する理由とされたことに、深い脱力感を禁じ得ません。そして同時に、差別とは何か? (お前は)差別とどう向き合うのか?という問いを、否応なしに突きつけられました。その意味で、とても怖い判決だったと思います。



判決について(小川恭平)

 「なんでお前らは京大を出ていながら、女(パート)子供(アルバイト)のするような仕事をしてるんだ。そんな家計補助的なものは法で保護する労働者に値しない。自分でそれを選んだんだろうから、くびになっても文句をいうな、(ちゃんとした仕事につけ)」という判決でした。

裁判官・和久田さんは思いを入れて判決を書いたんだとは思う。それが、こんな飲み屋できくような、おやじからの説教だとは‥‥、私たちは何のために裁判をしてるんだ‥‥と言葉を失った。

私たちはまさにこういうものと闘っていた。この判決文に書かれているようなことに対して、闘ってきたんだと思う。大学側の主張はウソは多かったけど、ここまで差別的ではなかったから、こんな負けかたをするとは思っていなかった。
法に負けたというより、世の中の女性差別に負けた。

私たちが女性だったら、説教すらつかなかったと思われる。「家計補助的な仕事は使い捨てられて当然」それだけだったと思う。
これはあまりにひどい差別だ。判決文を訴えたい。(本当に国連女性差別撤廃委員会などに訴えたほうがいいかもしれない。)

この家計補助的という考え方は、日本の労働の最大の問題といってもいい。パート労働は、主婦のものとされ、家計補助だから、一人で生きていくだけの賃金は必要ないとされ、そして首切り自由。これは都合いいと広がっていったのが日本の非正規労働である。
(そして、広がりすぎて、とても非正規が家計補助といえなくなってしまってるのが現在だ。)

裁判官は自分の書いた判決が女性差別だと気付いてもいないだろう。あまりに世の中に浸透してるし、差別しているほうは差別には気付かないものだ。なので、ちゃんと陳述書の中で、パート労働の差別性について書いておけばと後悔している。
世間も裁判も一緒か。権利意識をもって、二年もがんばって裁判してきたが、こんな判決をもらうとなんだかむなしい。

最後に一点
判決文で一番ショックだったことは、時給が安いから(+労働時間が短い=週30時間未満)、家計補助だとされたことだ。
非正規に対する差別によって、時給が低くされているのに、さらに収入が低いことが理由に、くびを切っていいと差別されること。
差別を理由に、差別を肯定すること。
そういう判決だった。ひどいと思う。

判決への感想は以上なのですが、男性として生きている私がこの女性差別的な判決に対して、どう向き合うか問われていると感じます。以下、まとまらない感じにはなると思いますが、書いていきます。


私も男性として生きてるから、女性差別について気付かないでいられることが多い。そして、差別する側にまわっているんだと思う。
今回、非正規雇用という女性労働の問題にかかわって、おかしい、おかしいと思ううちに、これが女性差別かと少しずつ感じてきた。
でも、判決後の集会で、判決の趣旨を説明を聞いて、女性の支援者の方々は瞬間的に差別判決だ、と怒りを表明されたけど、私はあっけにとられてしまい、怒りを感じるまで時間がかかってしまった。それは、日常の中で差別にさらされている人とそうでない人間との差がでてしまったんだと思う。


この判決、非常に女性差別的であるが、井上・小川が差別されているわけではない。
和久田裁判官は同じ男であり京大卒である井上・小川が、自分がさげすむ女性労働(パート労働)をしていることを脅威に感じたのかもしれない。「原告の世界観についてはわからない」という言葉が象徴的だ。
和久田さんは本心をいっていると思う。つまり、自分は苦学して京大をでて司法試験にも受かり、裁判官という重要かつ激務について妻子を養っている(知らないが)。それに比べてお前らはなんだ、と怒って説教したということだろう。自分の生き方が否定されたような気持ちになっているのだと思う。
これは和久田さんに限ったものではない、世の中の多くの人の気持ちかもしれない。2年運動をやってきてわかる。

なので、こちら側も本気度が試されていると思う。非正規という生き方。非正規という生き方を本気で肯定する。私はそうしていこうと思う。


こう書くと特権的と感じられるだろう。「選んで非正規をやってるんちゃうわ」これが普通だから。
もちろん私も「選んで非正規をやっている」とはいえない。しかし今はあまり選択の余地はないが、かつてはあったかもしれない、それは特権といえる。
私にも正規的なものに対するあこがれはあった。しかし、三十代半ばに、すっかりあきらめた。


むしろ特権的なのは、私にある余裕のようなものについてかもしれない。どこかに余裕があったから、ストライキができた、裁判闘争ができた。
余裕とは、時間・金銭・人とつながりである。また、余裕とは自己肯定感とか、安全であると感じられることである。

しかし、多くの非正規は声を上げる余裕がない。

なぜ、私に余裕があるのか?
私に余裕があるのは、搾取や差別によっているのではないか?
余裕によって余裕ないものを搾取をしていまいか?


判決を読んだ母から電話がきた。
「お前は間違ってないから、自信を持て。」
「パート労働の現実は本当に大変。お前たちの読んでると甘く感じる。」
母は仕事柄、主婦や非正規労働者の話を聞くことが多い。そして、正規・非正規さまざまな仕事をしながら、2人の子供を育てた人物である。


判決は、お前は本当に当事者なの?と言ってるようにも感じる。
私は、当事者なのか、当事者ではないのか。実際、その問いと矛盾をかかえながらやってきたと思う。
ストライキを始めて二年以上たった。最初から非常勤職員の問題は女性差別の問題であると指摘して、それで女性非正規から支持をしていただいた。でも、ちゃんと女性労働の問題がわかっていたはずがない。
そのことに、まどろこっしい気持ちになりながらも、支えてくれたり、教えてくれた人は多い。
吸収していかなくてはと思っている。


書けば書くほど、違和感が出てくる。書くということが力だからだろうか?
差別を受けていないものが、差別と闘うということは、自分が力を行使するのではなく、
差別され力を奪われているものが、力を発揮できるように環境を作っていくということではないか。
そういう内容の指摘も受けたことがある。


被害者でもあり、加害者でもある。
覚悟を決めて、女性差別について、取り組んでいこうと思っている。

by tanemaki_azumino | 2011-04-13 23:21 | 訴訟や裁判
4月 12日 「レベル7」引き上げの意味

過去の原発事故の例を見ると、
事故の発生から収束させるまでの時間は、
スリーマイルは2時間18分、チェルノブイリは9日間、
福島第一は1ヶ月経過した現在も「収束の目処も立たない状態」です。

今頃になって「レベル7」とは・・・
選挙が終わるまで引き延ばしていたのか・・・


福島原発事故の現状について、
京都大学原子炉実験所小出裕章先生のお話が聞けます。

【福島原発】2011/4/12/火★最悪の「レベル7」引き上げの意味
http://www.youtube.com/watch?v=ruTVbPCGAxw

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by tanemaki_azumino | 2011-04-13 09:46 | 原子力発電と原発事故

4月 11日 現代の古文書

4月 11日 現代の古文書

20年前の(ある町議会の)議事録を読んでいます。
読むというよりは調査といったほうがいいかもしれません。
が、これが、なかなか面白いのです。

三郷ベジタブルの問題では、10年前の三郷村議会の議事録を読みました。

そのたびに、その地域の図書館へ行ったり、支所へ行ったり・・・
当時の議員さんに見せてほしいとお願いしたら、
「そんなもん、もう捨てちゃってないよ」と言われがっかりしたことも。
合併前の町村議会の議事録はすべて
安曇野市議会の議会事務局に備えておいてほしいと、つくづく思いました。

行政の公文書も議会の議事録も、大切な記録、まちや人々の歴史。
50年、100年たてば立派な「古文書」
散逸させてしまってはいけない、もったいない。

そういえば、昭和の大合併以前の議事録はどうなっているのかしら。
合併のたびに「これ幸いと」公文書が処分された、なんて話もあります。
何とかしたいと思います。

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by tanemaki_azumino | 2011-04-12 00:37 | 議会と地方自治
4月 9日 放射能を噛み締めながら

先日のこと、生協から届いた小松菜が茨城県産でした。
摂取制限の対象外とわかっていましたが、放射性物質が心配になって
捨ててしまいました。
でも、なんか、どこか、うしろめたさが・・・

そんなとき、
原発関連情報でわたしが最も信頼している小出先生の対処法を聞きました。
痛撃の一言でした。

放射線に関しては安全な被爆というものはない。
社会的にどこまでガマンするかという基準でしかない。

放射能で汚染された野菜はイヤといってだれも食べなくなったら
福島周辺の農民は破局に至る。
わたしはそれを望まない。

ならば、どうするか。

子どもには食べさせてはいけない。
幼い子どもほど放射線に対してものすごく敏感だから。

大人は歳をとるほどその感受性は鈍くなってくるし、
そして大人は原発の存在を許してきたのだから、
(基準値を判断し)汚染を甘受して食べよ。

都会で豊かに生活してきた消費者は、原発を過疎地に押し付けてきたのではないか。
汚染があるからイヤだなんて認められない。

福島第一原発事故:小出裕章 2011.4.1(2)
FM797京都三条ラジオカフェのUstream生中継

放射能を噛み締めながら、考えなければいけないことがあると気付かされました。
by tanemaki_azumino | 2011-04-10 01:34 | 原子力発電と原発事故
4月 8日 議案質疑や採決を傍聴しよう

3月定例議会3月4日の議案質疑に関する報告です。
下記からご覧ください。

2011年3月4日
これまでになく活発な議案質疑、さらに充実を
~一般質問よりも面白い、議案質疑や採決を傍聴しよう~


傍聴ということで言えば、
わざわざ議場まで足を運ばなくてもネットで見られる議会(録画)中継をすべき。
おとなりの大町市議会でもやっていますよ。

▼春風に花ほころぶアセビ(馬酔木)
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by tanemaki_azumino | 2011-04-09 01:00 | 議会と地方自治
4月 7日 政務調査費で足を引っぱる

先月28日にあった議会改革検討委員会(政務調査費分科会)の報告です。
下記からご覧ください。

2011年3月28日
政務調査費は本来どのように使われるべきか
~ 議会改革検討委員会・政務調査費分科会で議論されていること ~


この報告を掲載しているホームページ(小林じゅん子プロフィールボード)は、
議員としての情報発信のために開設しているものです。
ホームページ作成・管理、ファイルサーバー、メーリングリスト等の
機能を持つシステムを月額3,675円で利用しています。
これまでは、その経費の一部を政務調査費から出していました。

ところが、今後は政務調査費は使えないことになりそうなのです。
年間3万枚を印刷配布していた「小林じゅん子の議会だより・種まき通信」も
政務調査の報告なのか、政治活動(選挙活動)かの区別がつかないから
そういうグレーゾーンの経費に政務調査費を充てるのは「?」だというのです。
裁判所は「政務調査活動は政治活動の性質も併せもつ」と判断しているのに・・・


わたしとしては、政務調査費が使えなくなっても、
ホームページも種まき通信も今まで通りやっていきます。

それにしても、
仕事したくない人が、仕事したい人の足を引っ張っているようにも見えるけど
そう思うのは、わたしの心根が曲がっているからでしょうか・・・
by tanemaki_azumino | 2011-04-08 00:55 | 議会と地方自治
4月 5日 原子力を巡る基礎知識5

岩波書店からお知らせです。
2011年世界1月号 特集 原子力復興という危険な夢
 これまで経験したことのない巨大地震と巨大津波、被害はなお続いています。

 かつてない規模の被災者にとって、いま緊急に必要なのは支援、救援体制の整備と静かな喪の時間の確保です。しかし、救援と喪の時間を妨げ、不吉な影を落としているのが、いうまでもなく、福島原発の深刻な事故です。

 本誌は、原子力発電について、その安全性、経済性、エネルギー政策の面などから、疑問を呈し、批判的な論陣を長く張ってきました。

 その直近の号が2011年1月号の特集「原子力復興という危険な夢」でした。

 事故以後、この号を読みたいという要望が多く寄せられました。本屋さんを通じて注文をいただくことも可能ですが、被災地に近いところではそのようなことは不可能です。そこで、著者の方々の了解を得て、特集の一部をPDFとし、当面の間、無料でダウンロードすることができるようにしました。
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/directory.html
 2011年3月28日
「世界」編集長 岡本厚

by tanemaki_azumino | 2011-04-05 11:39 | 原子力発電と原発事故

4月 4日 今日の一言

4月 4日 今日の一言

▼イルコモンズ 「4.10 原発やめろデモ!!」 公共広告ポスター
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(※この画像の無断転載を推奨します)
「おそろしい」という気持ちと「あぶない」という気持ちは、
生きものが生きのびるために欠かすことのできない本能的な感覚だと思う。

「おそろしい」は自分の身のため、「あぶない」は誰かの身のための、
プライマルな叫びだと思う。

だから、それを口にすることを誰にも禁じられたくないし、自粛などしたくない。
そう、自分たちはみんな原子力の素人である。原発の素人である。
素人で結構、素人上等である。

素人である自分たちは、原発が「おそろしい」のだ。
原発が「あぶない」と感じるのだ。
素人は、素人の分際で、素人のくせに、しかし素人でなければ云えないことを、
断固、素人として、素人らしく素直に、正直に、ベタに表現したい。

自分のために、誰かのために、
「おそろしい」、「あぶない」という感覚を伝え合いたい。
という気持ちで、このポスターをデザインした。

(この図案の無断転載・無断使用を禁止することを禁止する。
このポスターのPDFデータははこちらからダウンロードできます)。

 以下、このデモへの賛同文。

 これまで数えきれないくらいデモに行ったが、

 このデモには、

 自分(たち)の尊厳がかかっているような気がしている。

 自分(たち)は、こんなめにあってもなお、

 ひとつも怒らないような、

 そんな人間ではありたくない。

 自分(たち)は、こんなめにあってもなお、

 原発をとめようとしないような、

 そんな人間ではありたくはない。

 もし、いつか、どこかで、

 被災地のこどもたちから、

 「あのとき、あなたは、どこで、なにをしてましたか?」

 とそう問われたとき、

 ちゃんと返事のできる人間でありたい。

 こどもたちのまえで、

 はずかしくない返事のできる人間でありたい。

 それが尊厳だ。

 それは日本人としての尊厳ではなく、

 ひとりの人間としての尊厳だ。

 その尊厳をまもるために、

 デモにゆく。

 何度でもゆく。

 (イルコモンズ 現代美術家/文化人類学者)

by tanemaki_azumino | 2011-04-05 00:38 | 今日の一言
4月 2日 怖いのは放射線だけじゃない

放射線は怖いけど、ある意味これはもっと怖い。

放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員
(asahi.com 2011年4月2日19時25分)より

 福島第一原発の事故を受け、日本気象学会が会員の研究者らに、大気中に拡散する放射性物質の影響を予測した研究成果の公表を自粛するよう求める通知を出していたことが分かった。自由な研究活動や、重要な防災情報の発信を妨げる恐れがあり、波紋が広がっている。

 文書は3月18日付で、学会ホームページに掲載した。新野宏理事長(東京大教授)名で「学会の関係者が不確実性を伴う情報を提供することは、徒(いたずら)に国の防災対策に関する情報を混乱させる」「防災対策の基本は、信頼できる単一の情報に基づいて行動すること」などと書かれている。

 新野さんによると、事故発生後、大気中の放射性物質の広がりをコンピューターで解析して予測しようとする動きが会員の間で広まったことを危惧し、文書を出した。

 情報公開を抑える文書には不満も広まり、ネット上では「学者の言葉ではない」「時代錯誤」などとする批判が相次いだ。「研究をやめないといけないのか」など、会員からの問い合わせを受けた新野さんは「研究は大切だが、放射性物質の拡散に特化して作った予測方法ではない。社会的影響もあるので、政府が出すべきだと思う」と話す。

 だが、今回の原発事故では、原子力安全委員会によるSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)の試算の発表は遅すぎた。震災発生から10日以上たった23日に発表したときには、国民に不安が広まっていた。

 気象学会員でもある山形俊男東京大理学部長は「学問は自由なもの。文書を見たときは、少し怖い感じがした」と話す。「ただ、国民の不安をあおるのもよくない。英知を集めて研究し、政府に対しても適切に助言をするべきだ」

 火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流の危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会の自殺宣言に等しい」と話している。(鈴木彩子、木村俊介)


もうひとつ、こんな話もあります。
3月12日、経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎・審議官が、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」と記者会見で明らかにしたところ、菅首相は「中村審議官が国民に不安を与えたと問題視し、もう会見させるなといってきた」(経産省幹部)そうです。

そう言われてみれば、この中村さんという人、その後一度も姿を見せませんね。

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by tanemaki_azumino | 2011-04-02 23:06 | 原子力発電と原発事故