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by tanemaki_azumino

カテゴリ:今日の一言( 44 )

7月 2日 今日の一言

7月 2日 今日の一言

京都へ来るとコンビニで京都新聞を買います。
ローカル紙のおもしろさがあるからです。
本日(7月2日)の京都新聞《天眼》というコラムに
モードの迷宮の鷲田清一氏の名前を見つけ、やっぱり京都やなと思いました。
今日の一言はこれでいきます。

長らく毎日のようにテレビで原発事故の記者会見の様子を観るうち、
ヘンな癖がついてきた。
「安全であると思われる」と言われれば、
「ああ、安全でないんだな」とつい反射的に思うようになっている。

2011年7月2日京都新聞 《天眼》 鷲田清一 より


(全文はうちへ帰ってからアップしますので、またあとで読んでください)
by tanemaki_azumino | 2011-07-02 22:46 | 今日の一言
6月 29日 今日の一言、または昨日の一言

「本日の総会は事前に2名の株主から委任状をいただいており、
その議決権の数は当会場に出席の株主の議決権の過半数を大きく上回っております」
(勝俣恒久 東京電力会長)

▼東京電力の大株主
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by tanemaki_azumino | 2011-06-29 23:19 | 今日の一言

6月 27日 今日の一言

6月 27日 今日の一言

▼もう1枚ベルガモットの写真
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6月25日のブログで
本庁舎建設の是非を問う住民投票、発起人会議のお知らせのなかで書いたこと。
わたしたちの生活に大きく関わることは、わたしたち自身で決めたいのです。
市民の意向を問わずに進めてもらいたくないのです。

今日の信濃毎日新聞の月曜評論に、これと同じ意味のことが書かれていました。
本来民主主義の根幹にあるのは、
「大事なことは自分(自分たち)で決めたい」という自己統治の願いであり、
「自分が参加しない意思決定によって影響を受けるのは納得できない」
という自律への希求である。

中略

要するに自らの判断を
「限定的に(専門家ないし政治家を信頼する限りにおいて)」停止している。
しかし、その信頼が失われた時には、
意思決定への参加を求めることになる。
もしも、この要請に応えることができなければ、
民主主義はその名に値しないものに堕してしまう。

(丸山仁 まるやま・ひとし 岩手大学人文社会科学部教授)

ここでは原子力発電の行方について論じているのですが、
安曇野市における本庁舎建設の行方についても共通する問題ですね。

今日の信濃毎日新聞の月曜評論、ぜひ読んでみてください。
ここで記事を紹介したいと思うのですが、
信毎は著作権にうるさいので、引用できないのがザンネン。
by tanemaki_azumino | 2011-06-28 00:10 | 今日の一言

6月 15日 今日の一言

6月 15日 今日の一言

  あなたのおこなう行動が、
  ほとんど無意味だとしても、
  それでもあなたは、
  それをやらなければなりません。
  それは世界を変えるためにではなく、
  あなたが世界によって変えられないようにするためにです。
                         (マハトマ・ガンジー)

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                    ▲2011年6月14日 夕焼け
by tanemaki_azumino | 2011-06-15 23:13 | 今日の一言

6月 9日 今日の一言

6月 9日 今日の一言

大地の底から貴(たっと)きものが掘りだされるとき、
われらは大いなる災厄をまねきよせることになるだろう。
巨大なクモの巣が空一面をおおい、人類最期の日がやってくる。
灰の容れ物が空から投げ落とされると、
大地は火の海となり、海が沸きあがって、たちまち干れ果てることになるだろう

(ホピ族
のことば)




※ホピの住む土地にはウラン採掘所があり、
 広島市・長崎市に投下された原子爆弾の原料となったウランは、
 ここから採掘されたものである。

▼コデマリの花、春霞
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by tanemaki_azumino | 2011-06-10 01:17 | 今日の一言

6月 3日 今日の一言

6月 3日 今日の一言

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 「原発は、鉄鋼とコンクリートとウソで作り固めた施設」

            原発のウソ(小出 裕章 著)より

 この本はそのウソを見抜く最善の書です。
 一人でも多くのみなさんに読んでいただきたい。
 http://www.fusosha.co.jp/book/2011/06420.php
by tanemaki_azumino | 2011-06-03 22:33 | 今日の一言
by tanemaki_azumino | 2011-05-27 00:58 | 今日の一言

5月 9日 今日の一言

5月 9日 今日の一言

浜岡原発の全面停止に経済界は猛反発のようなので
わたしとしては、「支持」の発言をピックアップしておきます。

首相の浜岡原発停止要請「当然」 川崎重工会長が見解
 川崎重工業会長である大橋忠晴・神戸商工会議所会頭は9日、会議所の定例記者会見で、菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所の全炉停止を要請したことについて「一国の首相として、当然だと思う」との考えを示した。

 川重は愛知県や岐阜県に航空機部品などの生産工場がある。このため大橋会頭は、中部電が電力不足に陥った場合、「(生産に)少し影響が出てくる」と述べたが、「安全対策が取れてない時点では、止めてとお願いするのは正しい方向だと思っている」と話した。(佐藤卓史)
asahi.com 2011年5月9日21時21分


原発停止要請「正しかった」…スズキ会長
 菅首相が中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の運転停止を要請したことについて、鈴木修・スズキ会長兼社長は7日、報道陣の取材に応じ、「(東日本大震災後の)福島第一原発の状況を見れば、浜岡原発が受ける被害はもっと大きくなるだろう。国の最高決定権者として正しかった」と、一定の評価を示した。

 自社の生産活動などへの影響については「仮定の問題なので答えられない」とした上で、「大きな問題にならないようにみんなで協力してやっていけばいい。生活を切り下げ、質素、倹約をしていくべきだ。首相は記者会見の時に、国民に生活様式を変えてくださいと広く訴えるべきだった」と持論を展開した。
(YOMIURI ONLINE 2011年5月8日10時43分 読売新聞)

▼ヤグルマギク(矢車菊)
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by tanemaki_azumino | 2011-05-10 01:06 | 今日の一言
4月 20日 今日の一言 原発事故のレベル

   原発事故にはレベルをつけることで、
   直感的な整理や判断をするようになっています。


   一つ一つの事故をよくよく考えることができれば、
   レベルなどを設定しなくても良いかも知れないのですが、

   多くの人が関係する世界的なことはレベルを決めて分類したり、
   整理したりすることが大切だからです。

   ▼武田邦彦「原発深層流001 信用できる人、できない人 その1」より抜粋

今回の日本政府の対応は
手遅れになるほど「よくよく考えて」からレベルをつけたのですネ。

いったい何を、よくよく考えていたのでしょう・・・
どうも、国民のために、ではないようです。

▼元気いっぱいの黄色、水仙の花
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by tanemaki_azumino | 2011-04-21 00:15 | 今日の一言

4月 4日 今日の一言

4月 4日 今日の一言

▼イルコモンズ 「4.10 原発やめろデモ!!」 公共広告ポスター
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(※この画像の無断転載を推奨します)
「おそろしい」という気持ちと「あぶない」という気持ちは、
生きものが生きのびるために欠かすことのできない本能的な感覚だと思う。

「おそろしい」は自分の身のため、「あぶない」は誰かの身のための、
プライマルな叫びだと思う。

だから、それを口にすることを誰にも禁じられたくないし、自粛などしたくない。
そう、自分たちはみんな原子力の素人である。原発の素人である。
素人で結構、素人上等である。

素人である自分たちは、原発が「おそろしい」のだ。
原発が「あぶない」と感じるのだ。
素人は、素人の分際で、素人のくせに、しかし素人でなければ云えないことを、
断固、素人として、素人らしく素直に、正直に、ベタに表現したい。

自分のために、誰かのために、
「おそろしい」、「あぶない」という感覚を伝え合いたい。
という気持ちで、このポスターをデザインした。

(この図案の無断転載・無断使用を禁止することを禁止する。
このポスターのPDFデータははこちらからダウンロードできます)。

 以下、このデモへの賛同文。

 これまで数えきれないくらいデモに行ったが、

 このデモには、

 自分(たち)の尊厳がかかっているような気がしている。

 自分(たち)は、こんなめにあってもなお、

 ひとつも怒らないような、

 そんな人間ではありたくない。

 自分(たち)は、こんなめにあってもなお、

 原発をとめようとしないような、

 そんな人間ではありたくはない。

 もし、いつか、どこかで、

 被災地のこどもたちから、

 「あのとき、あなたは、どこで、なにをしてましたか?」

 とそう問われたとき、

 ちゃんと返事のできる人間でありたい。

 こどもたちのまえで、

 はずかしくない返事のできる人間でありたい。

 それが尊厳だ。

 それは日本人としての尊厳ではなく、

 ひとりの人間としての尊厳だ。

 その尊厳をまもるために、

 デモにゆく。

 何度でもゆく。

 (イルコモンズ 現代美術家/文化人類学者)

by tanemaki_azumino | 2011-04-05 00:38 | 今日の一言