いつも市民派ずっと無党派


by tanemaki_azumino

2011年2月26日 「見えない」から「見える」へ

2011年2月26日 「見えない」から「見える」へ

無党派・市民派ネット(む・しネット)の勉強会で一緒に学んだ海住恒幸さん
三重県松阪市議会議員です。
『日経グローカル』№166(2011年2月21日号)の
【奮闘地方議員】に取り上げられているので紹介します。

2011年02月25日 海住恒幸さんのブログより
『日経グローカル』掲載の議会改革論
「市民が主役の議会に転換へ 新しい議会文化創造めざす」

 8年前、新人議員として初めて臨んだ本会議で最初に発した言葉は「異議あり」だった。当時の議会は、議長が「ご異議はございませんか」と言えば「異議なし」とオウム返しするのが「常識」だったから、議場はたちまちヤジと怒号に包まれた。
 “空気”にさからうことは「闘い」である。できあがったシナリオ通りの形式化した議会は「議会」ではなく「儀会」だ。その象徴が「異議なし議会」である。それは市民が期待している議会とはかけ離れている。そこのところが市民感覚と議会感覚のズレであり、それをズレとは感じない議員と、そんな議会の実態を知らない市民。そこのところの溝を埋める取り組みが議会改革であり、市民の望む議会づくりであると考えている。

「見えない」から「見える」へ
 議員になって作り始めたニューズレター創刊号で、「『見えない議会』を『見える議会』に変えていくことがわたしの役割」と宣言した。「異議なし議会にノー! 議会の『常識』は市民の『非常識』」と書いたところ、何人かの市民の皆さんからお手紙をいただいた。「議会が議論をしないところだとは知らなかった」。そんな市民の声があった。
 市民は、議会は議員同士が議論をするところだと思っているが、そうではなかった。議会で議員がどのような発言をしているのか、実は一般質問を除けば発言をしている議員は一部にすぎない議会の実態を、市民は知らない。議会と市民の「常識」のズレは、「議会が見えない」から起きる。『見えない議会』を『見える議会』にすれば、いままでのような議員・議会では済まなくなるはずだと考えた。
 その後、一般質問だけは、ケーブルテレビによる中継が始まった。それだけでも、かなり議会は変わった。それまでは30人中10数人だった質問者が20人前後に増えた。しかし、中継は、より重要度の高い議案質疑や委員会審議に広げるべきだ。一人ひとりの議員の議会での発言や賛否の行動すべてを市民に見えやすくすることが、議員を、やがて、議会を変える。

「数」より「理」の議会を
 「議会は数だ」と思っている人はまだ多いようだ。しかし、「議会は数」という論理は、 “多数派工作”に象徴されるように、市民には「見えない」裏側で働く傾向にある。
 それに対し、議会改革とは、「議会の表」しか見ることのできない市民に、議決に至るプロセスを十分に説明でき、納得してもらうようにすることだ。
 そのために、①市民に開かれる機能(テレビ中継、議案の配布等々の公開度合いの向上)②市民の議会参加の機能(審議過程のすべての議案に市民が意見を述べる議会公聴会制の導入、請願者が議会で陳述できる機会の確保)③市民に対する説明機能(議会報告会、結果に対する意見交換と議会へのフィードバック)の3点セットは基本だ。
 密室では「理」よりも「数」という「数の論理」が通用したが、限りなく市民に開かれた市民型議会に転換すれば、“力わざ”としての「数の論理」は通らなくなり、「数」よりも「理」が優る。そんな議会にしていくことが究極の議会改革だと考えている。
【図】議会改革の目標イメージ

●目的 市民起点の議会づくり
●目標 市民に「見える」議会にすることで、「数」より「理」が優る議会に
●必要な装置
①市民に開かれる機能
②市民が参加する機能
③市民に説明する機能


改革で議会のあり方議論
 松阪市議会でも昨年春から議会改革への取り組みが始まった。議会改革検討委員会(委員数10人)が立ち上がり、この1年間、長いときで1日7~8時間の熱い議論を17回重ねてきた。
 検討項目のうち、一般質問方式の選択制(一括質問か一問一答式かなど)、議員一人ひとりの議案への賛否結果の公表はすでに実施に移された。このほか、請願する住民等は関係委員会で請願趣旨を説明し、議員からの質問に答える住民の議会参加、従来、密室で決まっていた議長選出過程をオープンにする議長選の実施も決まった。議会主催の公聴会の開催や、審議過程の中での議員間討議などの実施はまだいくつかのハードルを越えなければならない。会期の通年制など議会の基本にかかわる部分は、議会基本条例の審議と関わることから、近く新設予定の特別委員会で審議すべき事項だとして先送りされた。
 議会改革検討委員会での議論は、検討項目ごとの議論に終始したため、これからつくるべき議会像についての議論には至らなかった。が、少なくとも、議会のあり方をめぐって議員同士が議論のできる環境になりつつあることだけは確かだ。

市民起点の議会づくり
 議会改革検討委員会での審議にあたって、10人の委員全員が改革検討項目(合計127項目)を提出したが、私からは61項目の検討項目を用意した。実は、この後プライベートでワシントンDCの北に隣接するモントゴメリー・カウンティ・カウンシルという地方議会を傍聴する機会があった。偶然だがそこで見たのは、私が松阪市議会に提出した改革検討項目はごく当たり前のこととして実際に運営されている議会の姿だった。
 議員席(議員定数9)の20倍はありそうな傍聴席。だれのための議会であるかは明白だ。目からウロコだった。議員の“聖域”だった議会を、市民を起点にした議会に設計し直せばこうなるという見本である。
 主役は議員でなく市民。最前列で議員に向かって議案について発言する市民たち。議案審議の過程の多くを公聴会とすることで審議過程への市民参加が実現する。
 松阪市議会の書庫で古い資料をあさっていて、地方自治法が制定された1947年に作られた会議規則や委員会条例の中にアメリカの地方議会と類似した制度が驚くほど多く、現行規則の原型となっているのを確認した。しかし、参考人招致や、特に公聴会制度はアクセサリーにすぎず、実際には活用されることはなかった。
 アメリカと日本の差は、制度やルールの違いというよりは、制度やルールは実際に使いこなすために存在するアメリカと、ルールがアクセサリーの地位に甘んじる日本の議会文化の違いである。松阪市議会にすでにある制度や規則でも、その趣旨さえしっかり生かされていれば議会改革など不要だと思われるほどである。すでにある制度やルールを生かさずに議会が成り立ったのは、議会に市民が不在だったからである。
 いま日本の地方議会では、議会基本条例の標準装備化が進んでいる。しかし、議員間討議や議会報告会自体が目的ではない。自分たちがどのような議会をつくっていくのかという目標を持たないと、本当の議会改革はやってこない。その目標として「市民起点」は、はずせない。
 地方議会に、議会制民主主義の新しい時代を呼び込むために、だれのための議会であるかを、市民と議員の間であらためて明確にする共同の作業が必要だ。基本条例の中に、市民と議会の「契約」(約束ごと)を成文化することだ。議会改革の先に想定するのは、市民起点の議会文化であらねばならない。

プロフィール
かいじゅう・つねゆき
1958年三重県美杉村(現・津市美杉町)生まれ。82年早稲田大学教育学部卒業。新聞記者(読売新聞、夕刊三重)を経て、2003年に旧・松阪市議会議員に初当選。2005年の合併後、新市議員として2期目。

by tanemaki_azumino | 2011-02-26 19:40 | 議会と地方自治