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by tanemaki_azumino

4月 6日 これだとニュースにならない

4月 6日 これだとニュースにならない

「パパがやっと宇宙に」山崎さん見守った妻と娘


 日本人初の「お父さん飛行士」が、宇宙へ旅立った。
 5日、スペースシャトル「ディスカバリー」で国際宇宙ステーション(ISS)へ向かった大地(たいち)さん(37)は、飛行士候補に選ばれてから11年。結婚し、父親となり、飛行のめどが立たない時期も長かった。苦労と夢を共にしてきた妻と娘に見守られながら、大地さんを乗せたシャトルは、夜明け直前の空へ幻想的な白煙を残して吸い込まれていった。

 「たくさんの喜びや苦難がありましたが、ついにこのときを迎え、うれしく、誇りに思います」「パパがやっと宇宙に行けてうれしい」。妻の山崎直子さん(39)と長女の優希ちゃん(7)は、談話を発表した。

 大地さんは1999年、ISSに長期滞在する宇宙飛行士の候補に選ばれた。翌年、民間企業でISSの日本実験棟「きぼう」の運用管制官を目指していた直子さんと結婚。2002年に優希ちゃんが生まれた。日本で子育てをしながら基礎訓練を重ね、3、4年後には飛行できる見通しもあった。

 しかし、03年にシャトル「コロンビア」が空中分解した事故で、状況は一転。ISSへの往復手段であるシャトルの飛行が凍結され、ロシアのソユーズに乗るための訓練が一気に増えた。米国とロシアを訓練で往復し、日本にいられる時間は激減した。

 そんな生活を、直子さんが支えた。家族が米国で一緒に暮らせるよう、直子さんが離職し、「主婦」として子育てや家事を担った。だが、容易ではなかった。管制官の夢をあきらめた上、米国で新たな職探しが制限された直子さんは、ストレスで一時、精神的に不安定になり、離婚まで考えた。

 大地さんは状況を冷静に受け入れ、楽観的になろうと努めた。「何とかなるさと自分に言い聞かせた」と、著書「何とかなるさ!」で振り返っている。

 08年11月、シャトルへの搭乗が決まり、家族は再び夢に向かって結束を強めた。優希ちゃんも、なかなか一家3人でゆっくりできない寂しさに耐えた。

 打ち上げ3時間前、シャトルに乗り込む大地さんは、支え続けてくれた家族らへのメッセージをテレビに向かって掲げた。「ありがとうございます いざ宇宙へ行ってきます」

以上、読売新聞(2010年4月6日00時49分 YOMIURI ONLINE)の記事のうち、「直子さん」を「大地さん」に置き換えてみたものです。

これだと、ニュース性に乏しい?
そう感じるとしたら、それはなぜ?

宇宙飛行士が「直子さん」ではなく「大地さん」だったとしたら、
下線部分の記事(「妻」のこと)は、割愛されていたかもしれません。
by tanemaki_azumino | 2010-04-06 23:31 | 折々の暮らし